序章 先史の世界

人類と言語の分化

人類が環境に適応していく中で、言語や習慣は多様になり、皮膚や髪の色といった身体的特徴の違いもあらわれた。そこから人類を民族や人種などの集団にわける考え方が生まれた。人種による分類とは、慎重・頭の形・皮膚の色・毛髪といった身体の特徴によって、じんるいをおおむね白色人種・黄色人種・黒色人種にわけようとする考え方である。このような人種の違いを優劣を結びつける考えは、19世紀以来欧米でさかんになった。しかし今日では、親類を人種によって分類したり、人種間に優劣の差があると考えることには、科学的根拠がないとされている。他方、言語・宗教・週刊などの文化的特徴によって、人類を民族という集団にわける考え方もある。また共通の言語からうまれた同系統の言語グループを語族とよぶ。

(詳説世界史より抜粋)

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文化から文明へ

文化から文明へ

約1万年前に氷河時代がおわると地球は温暖化し、自然環境が大きく変化したため、新人は地域ごとの多様な環境に適応しなくてはならなかった。その適応としてもっとも重要だったのは、約9000年前の西アジアで、麦の栽培とヤギ・羊・牛などの飼育が始まったことであった。農耕・牧畜の開始である。これにより人類は積極的に自然環境を改編する能力を身につけ、食糧生産の生活を営みはじめた。人類史は、狩猟・採集を中心にした獲得経済から、農耕・牧畜による生産経済に映るという重大な改革をとげたのである。その結果、人口は飛躍的にふえ、文明発展の基礎が築かれたが、同時に地球環境破壊の第一歩がここからふみ出された。農耕・牧畜がはじまると、人類は集落に住み、織物や土器をつくり、また石おの・石臼などの磨製石器がもちいられた。ここから新石器時代がはじまった。このような初期農耕民の新石器文化は、アジア・ヨーロッパ・アフリカの各大陸にひろがった。初期農法は雨水にたよる乾地農法であり、肥料をもちいない略奪農法であった。しかしメソポタミアで灌漑農業がはじまると、食糧生産が発達して多くの人口をやしなうことが可能になり、多くの人間を統一的に支配する国家というしくみがうまれた。こうしてナイル川、ティグリス川とユーフラテス川、インダス川、黄河・長江の各流域に文明が誕生し、またややおくれてアメリカ大陸にも独自に文明が形成された。文明の段階では、宗教と交易の中心である都市が発生し、支配するものとされるものとのあいだに階級差が生じた。金属器がつくられ、また政治や商業の記録の必要から文字が発明された。ここから人類史は、歴史時代にはいっていった。

(詳説世界史より抜粋)

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人類の進化

人類の進化

「人類が出現してから、文字を発明して歴史を記録に残すようになるまでには、非常に長い年月が必要であった。人類史の99パーセント以上を占めるこの時代を、先史時代とよぶ。人類は猿人・原人・旧人・新人・の順に進化した。直立二足歩行を特徴とする人類が誕生したのは、今から約500万年前のアフリカにおいてである。最初に出現した人類を猿人をいい、アウストラロピテクスやホモ=ハビリスなどがこれに属する。そのなかには簡単な打製石器をもちいるものもいた。やがて約180万年前に原人が登場した。ジャワ原人・北京原人がその代表であり、改良された打製石器(ハンドアックスなど)と火および言語を使用して狩猟採集生活を営んだ。原人は、氷河期のきびしい環境を生きぬいて、アフリカからヨーロッパ・東アジア・南アジアにまでひろがった。さらに約20万年前、より進化した旧人が出現した。ヨーロッパに分布したネアンデルタール人がその代表である。求人は現代の人類とかわらぬ脳容積をもち、死者を埋葬するなど精神文化を発展させた。彼らはヨーロッパから西アジアにかけて住み、また剥片石器を使用して、氷河期に対応した生活を送っていた。     ついで4万年ほど前に現れた人類を新人といい、われわれと同じ現生人類に属する。ヨーロッパのクロマニョン人や中国の就航天井同人などがこれにあたる。新人は剥片石器を作る技術をさらに進歩させ、また骨や角でつくった骨格器をもちいて生活をより豊かにするとともに、すぐれた洞穴絵画を残した。新人はまもなく、アメリカ大陸をふくむほぼ全世界に住みつくようになった。人類がこのように打製石器をもちいて狩猟・採集生活を営んでいた時代を、旧石器時代とよぶ。」

(詳説世界史より抜粋)

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